
A B C
上記のようなデータがあったとします。訪問件数と契約数ですね。BはAのデータの訪問数を小さい順に並べました。契約件数は訪問数に紐づいています。CはAのデータの訪問数を大きい順に並べました。同じく契約件数は訪問数に紐づいています。
このABCどのデータで散布図を描いても下記のようなデータになります。

しかし、時系列の折れ線グラフを描くとまったく違ったデータに見えます。

A B C
この折れ線グラフで見えてくる「流れ」みたいのを感じるでしょうか?散布図から見えるものと、折れ線グラフから見えるもの・・・AとBとCでは、感じるものは違うし、判断や決断、そして、「型」は違うものになるかもしれません。
散布図をもう一度みてみます。

この中で、赤い丸のところが契約率が高いことがわかります。ここに何かヒントがありそうです。Aの折れ線グラフで見みてみます。

散布図の赤丸は、5月・6月・8月ですね。7月も契約件数が7件取れています。そう考えると、5月、6月、7月、8月は、なにかあったと推測できますね。営業のやり方、季節的要因、訪問した地域、様々なことが推測できます。
また、この方の訪問件数は波が大きいこともわかります。4月は局単位訪問件数が落ちています。なにかあったのかもしれません。
次にBの折れ線グラフで見てみると、訪問件数が右肩上がりで伸びています。当然そのように並び替えたので、そうなっています。逆にCは訪問件数が減っています。
Bからは、やる気がだんだん出てきた、Cはやる気がなくなってきたと読み取れるかもしれません。
このように同じ散布図でも、データの中身が違う可能性があり、データのとらえ方が変わってくるということになります。
つまり魚の目は、データを「流れ」として読み替える力といってもよいと思います。散布図で「型」をつかみ、折れ線で「流れ」を読む。この組み合わせによって、データは点や線から「物語」に変わります。
ここで大事なのは、「散布図と折れ線を行き来する」ことです。
散布図 → 相関や型を発見する
折れ線 → 流れや波を見つける
両者は対立するのではなく、補い合う存在です。例えば、「勉強時間と点数の相関」を散布図で確認し、「その相関が特に効いていた時期、または外れ値の時期」を折れ線で確認する。
「訪問件数と契約数の傾向」は散布図で見て、「月ごとのリズム」を折れ線で見る。
こうした往復運動こそが、データを生きた知恵に変えてくれるのです。
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